コラム

先日開催されたTOKYOオリンピックでは多彩な国からやって来た選手達が素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。

その中のいくつかの競技の中で活躍する選手達の腕や背中、足などに施されたタトゥーをテレビ越しに見た人も多いのではないだろうか。

最近の日本でもおしゃれでデザインタトゥーをしている人が多くなってきたが、ポリネシアンタトゥーの本当の意味やデザインの意味など奥深いストーリーを語れる人はまだ少ない。

南太平洋に浮かぶタヒチを中心としてサモア、ニュージーランド、ハワイ、イースター島、マルケサス諸島とを結ぶ三角形地帯をポリネシアンとよぶが、民族の移動と共にタトゥー文化も継承され守られ続けているという。

各島に伝承されたタトゥーの歴史と真実を少しでも理解できれば、彼らの身体に施されたタトゥーを見て怪訝な思いを抱く人は少なくなるだろう。

彼らにとってのタトゥーは民族の誇り、正に祖先を敬いそのルーツを語る上で必要不可欠のもので、タトゥーを身体に施すという事は大切な儀式であり、自分自身のアイデンティティであるのだから。

タヒチアンタトゥー

タヒチではタトゥーをTATAUといい、一説にはこのタヒチ語がタトゥーの語源だともいわれている。

TATAUとは昔タヒチでタトゥーを彫る際に使われていた豚の骨からできた櫛を、叩いて皮膚に入れ墨を施した時に出る音からくる「叩く」という意味があると言われている。
(後に出てくるサモアでもタトゥーを同じTATAUと呼ぶのだが意味が少し違ってくる)

昔、タヒチでは入れ墨を入れる事は思春期を迎えた男子が大人となる為の儀式として強さや勇気、社会的身分を表す手段だった。

更に生まれ育った部落に伝わる大切なもの、家族の系列などを後世に伝える為のものであった。

その為、デザインモチーフを見ればその人物がどこの誰で祖先からの家系図も分かったと言われている。

19世紀に入ると入れ墨はキリスト宣教師の影響で禁止されるが、水面下でその伝統は引き継がれ更に技巧を加えて発展していき今日に継承されている。

現在ではほとんどのタヒチアンダンサーが男女問わずタトゥーをして、魅力的なダンスをステージ上で見せてくれている。

タヒチアンガールが腰に入れたタトゥーは、タヒチアンティアレなど植物をモチーフにしたものもあり可愛らしくその情熱的なダンスで揺れる腰は女性が見ても魅了される。

タヒチアンタトゥータヒチアンタトゥー

サモアンタトゥー

タヒチと同じくサモアでもタトゥーをTATAUとよぶが、意味は少し違い「正しい」「必要とする」と訳されている。

もちろんタトゥーを施す時の音から「叩く」とい意味もある。

トライバルタトゥー(民族的・地域的に特化した入れ墨)としてはサモアの歴史が1番古く、その起源は3000年前ほどで、現在でも儀式としてのタトゥーが残るのは唯一サモアだけという説がある。

サモアンタトゥーを施すには今も厳しい決まりがあり、サモアならではの特長があるのでまとめてみた。

①代々伝統を引き継ぐ正式な彫り師(TUFAGA)が施術しなければならない
(その際に使用されるのは動物の骨・亀の甲羅を針として、染料はククイナッツを燃やしたススで作る)
②村(部族)全体(AIGA)から認められた者のみが施術を許される
③村のリーダー(MATAI)となる者は必ずサモアンタトゥーを施さねばならない(強さの象徴)
④男性のみのタトゥー(PE’A)は腰から膝にかけてパンツ型に360度に掘る
⑤女性のみのタトゥー(MALU)は点でデザインされ、通常は人に見せてはならず、儀式・祭りの時にだけ見せる

サモアの人々は、どの世界で生きようとも自分の身体に誇り高きサモアの血が流れている証としてタトゥーを施している。

確かに体全体に施された大きな黒いタトゥーを突然見ると誰もがギョッとしてしまうが、サモアンタトゥーの歴史を知ればその芸術性の高さとサモアの人々の誇りに圧倒される。

サモアンタトゥーのデザインの一部サモアンタトゥーのデザインの一部

ハワイアンタトゥー

ポリネシアン諸島の島々ではタトゥーをTATAUとよんでいるが(他の呼び名を使う島もある)、Tの文字を持たないハワイではKAKAUという。

ハワイのタトゥーのデザインモチーフはどの島よりも意味が細かく分かれているのが特長だ。

地域・部落・渓谷・一族・所属・階級・崇拝する王室・守護神・家族の名前・亡くなった家族の命日や名前等々実に多くのデザインがあり、共有されている。

ファミリー(Ohana)意識の高いハワイ人は、グループごとに同じデザインのタトゥーを施したりしていて
ホノルルのフラショーに出演しているダンサー達も男女共に同じタトゥーをしているのを良く目にする。

有名なフラコンペティションに参加するフラスタジオ(Hula halau)にもメンバーがひとつのファミリーである証として同じデザインのタトゥーを施しているグループも多くある。

ハワイでも他の島同様、タトゥーは自分のルーツを表わす特別なものだが、世界中から観光客が訪れるリゾート地ハワイの現在タトゥー事情は少し変わり、観光客に向けてよりカジュアルなタトゥーを提供していて多様多彩なモチーフの中から、観光客は好きなデザインのタトゥーを入れて楽しんでいる。

施術方法も簡単に電動のレザーを使い、普通に絵を書くように描いている。

ハワイアンタトゥーハワイアンタトゥー

ニュージーランド・マオリ族のタトゥー

マオリ族はニュージーランドの先住民で、この民族のタトゥーは実に綿密なデザインからなり、恐らく他の島のどこよりもタトゥーの意味は複雑ではないかと思う。

マオリ族にとっては顔(頭部)は最も神聖なものと考えられていて、多くのマオリ族の男性が顔中にタトゥーを施している。

しかも施術する入れ墨師はやはり神聖な位置にある尊敬されるべき者のみが資格を持ち、tohunga ta moko
と呼ばれ特別な存在である。

Tohunga ta moko(トフンガテモコ)とは、マオリタトゥーの事で、他の島のタトゥーとは別格に表現されている。

顔に施す特別なマオリタトゥーは八つの部位に分かれ、そこに施されているタトゥーにはマオリ族のアイデンティティの全てが表されている。

①額部分  ngakaipikirau…その人物の社会的ステーサス
②眉毛の下 ngunga…その人物の位置、立場
③目と鼻の周り uirere…所属する部族のランク
④こめかみ周り uma…婚姻状態、結婚・離婚の回数等…
⑤鼻の下部分 raurau…署名(サイン)
⑥頬 taiphou…職業
⑦下あご wairua…名声
⑧上あご taitoto…家系図(顔の左は父方、右は母方の系図といわれる)
驚くべきことに、このマオリタトゥーは世界にひとつとして同じデザインがない唯一無二のものであるという。

このように複雑にその人物のアイデンティティ全てが分かるマオリタトゥーは、古くからその芸術性に富んでいた為、キャプテンクック時代にはヨーロッパ人のコレクター達に売買されるという悲しい出来事も起きた。

又、マオリ族の抽象的伝説にはマオリタトゥーをが誕生した物語としてマオリ族の若い戦士と黄泉の国の王女とのロマンスも残っている。

マオリ族の顔タトゥーマオリ族の顔タトゥー

終わりに

南太平洋に浮かぶ三角形の地域、ポリネシアン諸島のそれぞれの島・民族に今も継承されるタトゥー文化を追ってきたが、どの民族にも共通するのは人々は決して流行りの遊び心でタトゥーを入れているのではなく、祖先を尊び自らのルーツを語り、生きていく為に必要なアイデンティティを表現しているという事。

ポリネシアン諸島の人々にとってのタトゥーは、島に伝わる音楽や踊り、生活のしきたりや伝説と同じように大切に伝えられてきた文化である。

今後それぞれの島に観光してその島特有のデザインを施したタトゥーをしている人に出会った時は、それを見せてもらい意味を訊ねてみても良いのではないかと思う。

誇り高きポリネシアンの人達は喜んで自分のタトゥーのルーツをを話してくれるだろう。

Rinko

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